生徒さんの声

生徒さんの声

書道と明るい未来

書はいいな!うつくしい「字」を書く人は素敵だなぁ!と思う。日本人の長い伝統の中で遺伝子に組み込まれた共通のあこがれ、希いと思う。しかし、電子技術者には名筆家は少ないようである。私も、その一人で五十年を過ごした。電子技術の進歩が猛烈に速く、つねに、その情報を吸収し、咀嚼して学生に教える。その間、必要に応じて書いた専門書は十数点になるが、著書の大半は時代遅れの絶版となってしまった。この多忙の中では書道に関心があっても実行は至難のことであった。
定年三年後、六十三歳、となって、いよいよ時機到来、週二日の休みを確保して「横浜書道学校」へ入学。その日は奇しくも私の誕生日、何たる機縁であろう。私は生まれ変わったのか?と、一瞬目を見張った。本科一年六か月、横一(よこいち)、結構法、楷書、行書、草書、かな、細字などのハードな「稽古」は、苦しさと、充実感の連続、そして仕上げは校長先生の「書道理論」、守谷先生の「書道の歴史」の座学で目が覚めるような気分となって卒業した。こうなると病膏肓、書道の魅力に取り付かれ、師範科へ進み、古典など門外不出の貴重な技法を学び、二年で卒業できた。
本年、私は「古稀」を迎え、来年三月をもって一切の職業から身を引く予定で、残された人生は、世間様へのご恩返しに、明るい世の中作りに、少しでも役立ちたいものと考えている。所詮「貧者の一灯」ではあるが、現在は、小学生、中学生を対象に開塾して「書道」、「数学基礎」そして「礼儀」を優しく、時には厳しく誠意を込めて指導している所である。若いお母さんの中には有難迷惑と思っている人もいるようだが、私の信念、分かってもらえることを信じている。

自分の成長を信じて

私が横浜書道学校に入学したのは、社会人になって七年目の秋でした。勤めている会社や周囲の環境に特別な不満があったわけではなかったのですが、ただ何となく、自分の成長が止まってしまったような、新しいことはもう私の中には生まれてこないような、今となっては全くの錯覚ろ言えるのですが、そういう閉塞感にとらわれていた時期でした。
この私の憂鬱はしかし、入学後、一瞬のうちに拭い去られてしまいました。ここには、ご自分のことより先に、私の成長を心から望んで、上の方へ引き上げようとして下さる熱心な先生方がたくさんいらっしゃいます。私にはそれが大きな喜びと救いでした。
少しオーバーかもしれませんが、競争の原理で全てが動く企業にあっては、他人の成長に心を配る余裕など、ない方が多いのです。
先生のご期待(?)に反して、私の上達はゆっくりですが、人の成長は止まったりしないこと、鍛練によって限りなく上へ行けることを、今は書道を通して強く感じています。

日本に来て

仮名と漢字の書き方に興味をもつようになったのは、初めて日本に来て、商店の看板や映画の広告を見ながら街を歩いた頃だった。その文字は、趣のあるものに心を惹かれたし、草書体のあるものには、だれにも読めそうもないのに、一般の日本人に読めることを不思議に思ったのだ。
次に日本に来たら、京都、奈良を初め、地方の沢山のところへ旅行して寺の扁額、神社の千社札、掛軸、詩碑、記念碑の他に、菓子、茶、酒、人物、由緒を掴まないでは味わえないこともあるのだ。
早稲田に転居後、山中蘭州先生の塾を見つけた家内が、書道を私に勧めた時に習い始めた。丁寧な指導と、先生が紹介して下さった『漢字』という本のお陰で、私の関心が更に深くなった。今、日本の文化と中国の大昔に親しんできたので、とても楽しくこの研究を続けている。

感謝

「横浜駅から近い書道学校をみつけたから一緒に行かない」と会社の同僚に誘われて学校説明会を受け、入学したました。仕事を終えてからの週二回は思った以上に厳しく、受講表のスタンプは月三回だけ。
続けられるかな、と思いながらも何とか本科・師範科と卒業できたのは、授業時間に遅れて行っても、その分遅くまで添削、授業中の書道史のみならず関連した日本史・中国史に講義など興味深く、また細字においては正しく趣味と実益を兼ねる指導を受けることができたからです。まだ十年に満たない私が、開塾までできるとは。
横浜書道学校のカリキュラムと先生方のご指導に深く感謝しております。それから熱心な先輩方と時には机を並べ、良き手本を観ることができ、実績を知ることができたのも大きなチャンスでした。

充実した時間が

横浜書道学校には長男が幼稚園に入園した年に入学しました。入社、結婚、育児で書道から遠ざかっていましたが、”またいつか始めたい”という思いに衝き動かされて体験入学した日の事は、今でもはっきりと覚えています。
学校にいる間だけが自分の時間という状況の中で、続けられるところまでというつもりが、教室を開きたい、筆耕もしたいと夢はふくらんでいきました。熱心なご指導のもと看板をいただいて開塾しましたが、十年たって生徒数は十倍の人数にふくれ上がっています。実際に筆耕の仕事を受けられる様になるとは、入学当初考えてもいませんでした。
芸術、教育、実用の三本を柱にした横浜書道学校で学ぶことが出来て、他では得られなかった充実した時間が持てるようになったと思っています。これも家庭的な温かい雰囲気のクラスの中で時に厳しく、優しく、親身になってご指導下さいました先生方のお力と深く感謝しております。

ゆとりのシステム

積み重ねたゆえに初めてかもし出される深い味わい、それには地道にお稽古を重ねて行かなければならないでしょう。色々なお稽古事があり、又それなりの塾やカルチャーセンター等が目白押しに出てきている中、その長く続けられる要素の一つとして生活に負担がかからずに出来るとういのが一番ではないでしょうか。
横浜書道学校へ入校して序Z年ここまでこれたのも学費・教材費はもちろん展覧会の諸経費は「無理なく。無駄なく・楽しめる」のゆとりのシステムにあると思います。
二十一世紀に入ったいまだからこそ、平安人のくらしの中へタイムスリップしてみるのも心のゆとりではないでしょうか。温かい出会いが広がり書をより一層楽しいものにするでしょう。